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北京について

 【北京の地理】北京市は中華人民共和国の首都で、中国の東部、河北省の中央に位置し、直轄市の一つです。北京は華北平原の西北端に位置し、東南の渤海湾からは、150キロ離れています。東部は山地、西部は太行山脈の一部である軍都山に接しております。その面積は1.6万平方キロで、ほぼ同緯度に位置する日本の岩手県よりやや広いです。
 全市域の62%を山地が占めており、北京の最高峰は万里の長城の北部山脈にある東霊山です。
  東城西城宣武崇文の四つの行政区画からなり、人口は直轄市の重慶、上海に次ぐ中国第3位の都市であり、東京、バリ、香港、上海などと並ぶ世界有数の世界都市です。
 
  【北京の歴史】 60万年前の旧石器時代には、北京近郊にすでに北京原人が住んでいたといわれています。1929年、市の中心から50キロ離れた周口店(シュウコウテン)から出土された旧石器人の頭蓋骨化石は、北京原人であると言われました。
 春秋戦国時代には、『燕』の首都では『薊』とも称されましたが、『燕京』とも呼ばれ、ビールや貨物船の名称にみられるように、北京の別称でもあります。
 秦・漢代には『北平』と称されました。秦から漢を経て隋・唐の時代までは長安(西安)が中国の首都でしたが、唐末五代の騒乱、内モンゴルから少数民族・契丹(キッタン)が建てた遼がこの地を首都に対して副都と定め、南京を都としました、
 元を滅ぼした明代『朱元璋』は、南京を都に定め、その後、三代目の皇帝『永楽帝』が都を北平に遷都させ、地名を北京に改めました。その時から北京は大規模に改築され、非常に繁栄しました。
 辛亥革命後、中華民国は北京を首都と定めましたが、国民政府は南京を首都と定めました。1928年6月15日に直隷省を河北省、北京を北平と改名しました。1937年から1945年まで続いた日本軍占領期は北京の名称が用いられ、日本の敗戦によって再び北平に改名されました。1949年10月1日中華人民共和国成立により、再び北京と改名、新中国の首都とされました。

 【北京の現在】北京では、王府井などたくさんのショッピングセンターがあります。日常生活必要品のほか、精密な電子製品も買えます。西単大街三里屯はショッピング・飲食・娯楽施設が集まったおしゃれなエリアです。ここでは、伝統的な北京だけではなく、おしゃれな北京も見ることもできます。三里屯のバー街は、北京の最も繁栄している娯楽街の一つです。地元の人々はもちろん、外国人も集まり、お酒などを飲みながら疲れを癒すには最高の場所となっています。

 主要観光地】
【世界遺産】 万里の長城、北京の故宮、北京猿人遺跡、明清皇室陵室、天壇、頤和園
【その他】  オリンピック会場、白雲観、北海公園、地壇公園、景山公園、明の十三陵、天安門広場など