重慶大足石刻は浮き彫りが多く洞窟が少ないため、石窟とは呼ばれません。
● 歴史 ●
649年に最初に切り開かれ、唐代末期、五代、宋代にも次々と作られました。
さらに明清代(14~19世紀)まで、石刻の数は増加を続け、最終的に5万体の巨大な規模に。
中国石刻芸術と末期中国石窟芸術の代表として、中国三大石窟「雲崗石窟」、「龍門石窟」、「莫高窟」と同様に有名です。
大足石刻は芸術的価値や規模では中国三大石窟と比べても劣らないと言えます。
合計5万体の彫刻は28カ所に点在し、その大部分は主に宝頂山、北山、南山、石篆山、石門山5か所に集中しています。
そのうち最も代表的な観光場所は「宝頂山」と「北山」の2カ所です。
●入場料と開園時間●
| 入場時間 | 8:00 ~ 18:00 (年中) | |
料金設定期間 |
ピーク期間 (3月1日 ~ 11月30日) |
オフ期間 (12月1日 ~ 2月28日) |
| 宝頂山(大佛湾・小佛湾込み) | 120元 |
100元 |
北 山 |
90元 |
80元 |
宝頂山と北山 |
170元 |
140元 |
南 山 |
5元 |
5元 |
石 門 山 |
5元 |
5元 |
● 宝頂山石刻 ●
密教の道場として作られ最も良い状態で保存されています。
西暦1179~1252年、約73年をかけ大足出身の僧侶趙智鳳が指揮して作られた石刻。
石刻は全部で1万5千体の仏像があり、中国宋代の石刻としてもっとも素晴らしいものです。
他の中国3大石窟(敦煌、大同、洛陽)と比較すると、主に5つの特徴があります。
1、仏教、儒教、道教の教えと思想を融合。、その教義内容は豊富で多岐にわたる。
2、宝頂山石刻は浮き彫りの摩崖佛像を主としている。他の3大石刻は洞窟内に仏像がある。
3、宝頂山は、各石刻それぞれが教義内容でつながり、重複した内容が殆どない。
4、宝頂山石刻の仏像は宋代庶民の服装で、当時の民衆の生活を反映している。
5、石刻建築の際には、排水、採光などを考え、さまざまな工夫が施されている。
【宝頂山 観光ポイント】
| ◆ 園覚洞 ◆ 大足石刻の中でも最も芸術的で、保存状態の良い石刻。 園覚洞は園覚道場の意味で、密教では12人の菩薩が修業中の疑問、難題などに対し、 仏が真理を教え、道を導き修業を円滑に終了させたといわれる所です。 飛天が天井に飛び、採光と温度調整も自然を巧妙に利用し、排水設備も工夫された洞窟。 |
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| ◆ 牧牛図 ◆ 仏教では常に牛を人の心に喩えています。牛は非常に頑固で放牧するのは簡単にはいきません。 これと同様に人間の心も操るのが難しいということを人の心を牛にたとえて教示しています。 修行者の心が修行により改善されていく様子を、牛の動作の変化であらわしています。 牛が虎を見て驚愕し、放牧者はなかなか思うように動かせないが時間が経つにつれ落ち着き、牛が放牧人の様子を伺い、放牧人は綱を握り牛を放さないでにいる。さらに時間が経過すると、放牧人は牛の鼻につないだ縄をほどいて手放します。 すなわち人の心も解放され悩みが消える、という過程を通じ、修行者の心理を表現します。 生活感が濃く、とても生き生きとした作品。 |
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| ◆ 護 法 神(守護神) ◆ | |
| ◆ 六道輪廻図 ◆ 天上界、人界、阿修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄の6つの世界と人間の生老病死、輪廻転生などの仏教基本協議を彫刻で表します。 |
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| ◆ 華厳三聖 ◆ 中央に如来仏像があり、両側に文殊菩薩と普賢菩薩が並ぶ「華厳三聖」は、宝頂山で最も大きな立像です。 三聖像の高さは7m、丸みを帯び、立体感があります。その大きさから自然に仏のことを尊敬する気持ちになります。 文殊菩薩の両手で支えられた塔は400キロもあり、800年もの間支えられ続けられています。 |
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| ◆ 千手観音 ◆ 中国最大の千手観音像。全称は『千手千眼観音』。 密教の中では千手は菩薩の力が無限で、千眼が智慧無限と言う意味。 千とは未知数の多さを意味し、通常の千手観音像では、手が10本ほどあれば千手観音といえます。 宝頂山の観音仏像は88㎡の岩壁に1007本の手がまるで孔雀が広げた羽根のような形で刻まれています。 手の姿勢は多種多様であり、まるで本物を見ているように目を見張るものです。 |
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| ◆ 釈迦牟尼涅槃像 ◆ 中国で一番大きな上半身の涅槃(ねはん)像(横たわり眠る仏像)。長さ31mある釈迦が菩提樹(サラソージュ)の下で涅槃する場面です。 |
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| ◆ 父母恩重経変像 ◆ (両親への謝恩を表現した像) この彫刻は宝頂山の中において、仏教と中国の伝統的な思想を巧みに結び付け、父母が家庭で子供を育てながら倫理道徳の重要性を教えている彫刻群で、現存の彫刻像は改造された石刻です。 仏教では輪廻転生が説かれ、今世での親子関係は来世において相互に入れ替わる為、親孝行しなくてもかまわないと主張します。 それは中国の伝統思想の親孝行観念とまったく異なるので、仏教が中国に伝わってきたとき際、道教と儒教に猛烈に反対されました。 しかし、中国の統治者が仏教を利用する為、仏教は道教と儒教の思想を融合して伝えられました。 親として受ける妊娠の苦しみ、洗濯や授乳、寝小便等の世話する育児の苦しみ、いたずら等で面倒をかけられる苦しみ、成人後、出世のため親元を離れていく苦しみなどを通じ、人間として親に感謝し孝行すべきだと説いています。 800年前の生活ぶりをよく反映している彫刻です。 |
◆ 孔雀明王図 ◆![]() |
| ◆ 大方便仏報経変相 ◆ 釈迦が親孝行する様子 ![]() |
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| ◆ 極楽浄土世界 ◆ 中央に阿弥陀仏、左に観音菩薩、右に大勢至菩薩が彫られ、「西方三聖」と言われています。 上部に彫られた楼閣はすべて黄金、瑪瑙、真珠などの宝物で装飾されています。楼閣の上には楽士が生き生きと彫刻され、仏教の多くの技楽を中国式の楽器で表し、仏教と中国の民族文化が深く融合されています。 |
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| ◆ 地獄経変像 ◆ 保存状態が最も完璧で、18層地獄図や地蔵菩薩が彫刻されています。 地蔵菩薩は「地獄にいる者が全ていなくならなければ、私は成仏しない。」と誓願しました。 この他に、閻魔大王の化身として12の地獄の審判官が彫られ、人の死後、地獄に来た人の罪はこの審判官達に裁決されます。 裁決方法は二つあり、一つは罪の重さを秤で判断、一つは審判官が業の鏡に生前の罪の証拠を映し出します。 地獄に落ちた後は、針山・油・氷・弓矢・火炎・毒蛇等、18種の残酷な刑に処せられます。 この中で、鶏飼いの農家の娘は非常に可愛らしく綺麗で、保存状態もよく印象的で、有名な作品です。 |
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| ◆ 柳本尊修行図 ◆ 色の鮮やかな部分は、宝頂山建築を監督した趙智鳳の祖師・柳本尊の修行及び説法を現しています。中央に金箔を嵌めた柳本尊があり、下の護法の像の一部は、建築当時モンゴル兵が攻めてきたため未完成です。現在、古代の建築方法の研究がすすめられています。 |
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【北山石刻 観光ポイント】
大足県から北へ約2kmの小高い山の斜面にあり、その範囲は500平方m以上。
晩唐、五代(10世紀)、宋代(10~13世紀)の石刻が点在し、仏像数は合計1万台ほどあります。
136号窟の象に乗った普賢菩薩像や155号窟の孔雀明王像、125号窟の数珠手観音(媚態観音)は芸術性が高く注目を集めています。
宝頂山以外にも、必見の場所。四川省の仏教芸術の精粋がここに隠れています。
1、千手千眼観音菩薩
2、釈迦牟尼の像
3、千仏壁
4、如意観音菩薩
5、マニ車
宋時代に造られた石刻作品の集まり。奥に釈迦像、左右に道徳の神・普賢菩薩、知恵の神・文殊菩薩が彫られています。
その他に、日月観音菩薩や数珠手観音菩薩、如意玉を持った如意観音菩薩があり、印鑑を持つ宝印観音菩薩の冠は透かし彫り。
洞窟内のマニ車は八本の柱からなり、それぞれ龍が彫刻され、支柱と明かりとりとしての作用があります。
許安という師匠が4年間1人で作りあげたとされます。また宋代の菩薩石刻作品の集結として称えられています。
6、数珠手観音菩薩
媚態観音菩薩とも呼ばれ、やわらかい曲線と表情、風になびく帯などとても軽やかな彫刻であり、その姿は恥らう乙女のようです。
7、孔雀明王
威厳をもって、丁寧に教え導くのが如来、直接手を差し伸べて教え導くのが菩薩であるとすれば、孔雀明王はそんな生やさしい
諭し方では聞き入れない者たちを叱り付け、剣をつきつけ脅し、如来の理想とする生き方をさせようとします。
そのため明王は如来が怒った時の姿だとされます。つまり、明王というのは明呪(陀羅尼)を唱えることによって効験を表す仏であり、
如来の命令を受けて悪を打ち破る使者のことです。
顕教とは釈迦が人々の性質や能力に応じて説かれた教えであり、密教とは大日如来が自らの悟りの内容を示した身体、言葉、
心の秘密の教えとされます。
【南山石刻 観光ポイント】
大足県町から南に約5㎞、約300体の道教の神様造像があり、宋代の1127年~1279年に造られました。
道教の師匠達が彫刻師に頼んで造ったもので、規模も大きく、当時の道教の文化と発展を代表するものです。
【石門山石刻 観光ポイント】
大足県町から約29㎞、北宋時代1094年から南宋時代1151年までに造られました。
道教と仏教の造像が混じり、石像は丸みを帯びふくよかで、人物の表情が豊かで自然であるため、中国彫刻史上では独特なものとされます。
【石篆山石刻 観光ポイント】
大足県町から約25㎞、造像年代は1082年から1096年といわれています。
高さ3mから8m、長さ130mの岩壁には儒教、仏教と道教の人物が彫刻され、中国石窟中の代表的な「儒、仏、道」三教造像群です。